清和(季語・初夏)

飯田龍太
__帰省子に山が着流しにて暑し__
これは内容的には面白い句で、夏休みに久々で田舎へ帰って眺めた山が、真夏の光の中で、まあ着流しのような感じを受けたという句意ですが、これは随分問題がある。
「山が着流し」ということが、この作品の眼目です。
それに帰省子とか、山が暑いなどというのは全然駄目。
上、下に風鈴をつけて如何にも俳句らしくしておる(笑)。
それに「山が着流し」というのは面白い比喩ではあるけれども、詩的な比喩ではなく、飽くまで散文的な捉え方だと思う。
散文的な要素があることは決して悪いことではないが、それを整理して韻文にもってゆくことが、つまり俳句のコツだと思う。
で、この作者の場合でも、帰省子を持ってきたり、「暑し」なんて恰好をつけたんだが、俳句としては不十分です。
(「雲母」昭和四十八年八月)
故郷の山着流しの清和かなーbn